暖かい誕生日を迎えた男の話


 紙を縦3横1の比率になるように切断して、1か所に穴をあける。それを繰り返して、同じ物を量産する。
 「そろそろかな?」
「あ、明日になってる!」
言葉が変な気もするが誰も咎めることなく、時計を確認してそそくさと男の前に行く子供たち。
「せーのっ」
「「お誕生日おめでとー!」」
「ははは、そんな慌てなくても」
子供の笑みは、誰よりも早く祝えたことの喜びか、それとも何でも楽しいのか。
 「それじゃ、そろそろ始めますか」
男のその一言をきっかけに、家族がテーブルを囲む。
「慌てなくてもちゃんとみんなの分あるからね」
子供たちが取り合いをする前に釘をさしておくのも忘れずに。

 それぞれ思い思いの願いを込め、一人一枚と言わずに何枚も何枚も紙切れを生産していく。白紙がなくなると、今度は紙の穴に紐を通して、ベランダに立てかけておいた笹にくくりつける。このとき周囲の家のベランダを見渡してみるが、どこにも笹は無い。夕方くらいになれば子供のいる家には笹が並ぶだろうと、男は予測した。
 男が短冊に記した願い。それはもちろん、――。

 ピンポーン。
「はい〜」
来客あり。午前0時に来客というのは、普通はまずありえないが、今日は特別だ。……遅ければ手遅れになるかもしれないから。
「おはようございます」
「ほら上がって上がって」
「で、ではお邪魔しますー」
来客の用件はただ一つ、
「お誕生日おめでとうございます。そして、」

 ――今日一日のご幸運をお祈りいたします。

 事の発端は15年前だった。その年の夏、人々が突然死する現象が初めて報告された。現象の原因も、死因すらも不明。ただ、死者の割合があまり多くなかった――全死亡者数の2%程度――ことが幸いしたのか、あまり大きなパニックにはならなかった。
 そして9年前。ある研究チームが、この突然死に「誕生日」が関係していることを突き止め、安直にも「誕生日突然死症候群」と名付けた。誕生日に、突然死。判明したのはこれだけだった。誕生日の何時に死亡するかもランダム、どんな人が死亡しやすいのかも不明。
 初めはわずかだった突然死の割合も、年を追うごとに急増し、現在では全死亡者の70%にまで達している。突然死以外の死者数はそう変化しないから、死者数は以前の約3.3倍ということだ。このせいで、国の人口が激減するのは目に見えていて、国は早急な対策の必要に迫られた。

 ――で、この男。その誕生日が今日、七夕の7月7日なのだ。だから、この家族は毎年日付が変わってすぐに飾り付けを始める。死ぬかもしれないその前に。
 男はこの短冊飾りに毎年同じ事を書く。一つは『家内安全』、そしてもう一つが、
『今日一日生きていられますように』

 男は寝ずに一日を過ごし、再び日付が変わったのを確認すると、生きていることを喜ぶ――よりも早く寝た。倒れこむようだったが、ただ寝ただけ。

 ――数年後。
 新たな研究により、同様の現象が世界各地で起こっていて、この「誕生日」がその地域の暦に依存することが判明。そこで国は暦を変える――1年を何倍にも長くした――ことで無理やり対処し、事態は収束に向かった。あらゆるところに起こる混乱は避けられなかったが、背に腹はかえられない。
 暦の変更は事態の収束をもたらしたが、根本的解決にはならず、次第に文化の一部となった。

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